広島赤十字・原爆病院医政顧問
生まれも育ちも広島の片田舎、本籍地は未だに土師ダムの底で見ることさえできません。でも頑張って広島大学に合格し藪医者になりました。消化器内視鏡による治療を専門に没頭していたら、いつの間にか終活の領域に至り、近々入るべき墓所を訪ねると、挨拶する人より鹿の数の方が多く、さとやまの荒廃に心痛めています。どげんかしようと集まった仲間の平均年齢も高いがモチベーションも高い。心身ともに健全である限り、同処で会員の管理栄養士らと健康相談を受け付ける「あおぞら労働衛生コンサルタント塾」も続けていきたいと思っています。