【チーム500登録者インタビュー】広島市 久保宏輔さん

【チーム500登録者インタビュー】広島市 久保宏輔さん


100年先まで見据えて
「生きている実感」のある場所を作る


久保 宏輔さん


広島市出身。大学進学を機に地元を離れるも、2016年に東京からUターンし、家業であるサゴタニ牧農の経営に携わる。


久保さんのキーワード


1. 「健土健民」の精神
2. 本当の自分の願いを理解する
3. 生きる喜びを感じる場作り



創業者の実体験を元に生まれた
「健土健民」の精神を引き継ぐ



「サゴタニ牧農」は、祖父であり創業者である久保政夫から始まり、2022年に創業81年を迎えました。現在は、120頭の牛を飼育しながら、宅配をメインに牛乳や乳製品を製造販売しています。牧場内にあるジェラート工房では、しぼりたての牛乳を使ったジェラートを提供しています。

 私たちが大切にしているのは、「健土健民」の精神です。健康な土が健康な人を作るという意味ですが、これは祖父が酪農を始めた経緯から生まれたものです。体が強い方ではなく、東京で10年間小説家を目指して暮らしていたそうですが、なかなか芽が出ず、そのうち腎臓を悪くしました。栄養失調と運動不足が原因で、医者から牛乳を勧められましたが、当時東京では牛乳はとても高く頻繁に買えるものではなかったそうです。そこで八丈島に渡り、牛や野菜を育て、新鮮なものを食べながら生活するようになったことで、体調は回復していきました。この経験から「やはり食べるものが自分の体を作っている、健康ほど大事なものはない。」と感じ、妹を結核で亡くしたことへの後悔もあり、八丈島から広島へ牛を23頭を連れて帰り、1941年に現在牧場がある場所で酪農を始めました。


 祖父が土地の開拓からここまでやってきたことを見聞きして育ち、経営に携わるようになった今、この理念は理想だけでなく、体を通して感じたことに基づいているからこそ、改めて共感できます。私はもともと動物アレルギーがあり、2代目の父からも「牧場の後は継げないだろうから好きに生きなさい。」と言われていました。大学では経済学部で学び、一般企業に就職しました。そんな私が牧場に帰って来たのは2016年の4月。牛乳の消費量は年々下がり、酪農業界の厳しい現状を考えると、生まれ育ったサゴタニもいつかなくなってしまうかもしれない、それなら自分にできることを最大限やろうと考え、Uターンしたのです。牛舎での仕事はできないため、経営側としてこの牧場を残したいと思える場所にすることが私の役割です。



クラファン挑戦で見えてきた
酪農とともに作る100年先の未来


 クラウドファンディングには以前から興味がありました。しかし何をどうしていいか分からず自分で本を買って学びながら、友人には「いつかクラファンをやる」と宣言していました。その頃たまたま、チーム500で「ひろしま里山・里海クラウドファンディング」の勉強会を見つけて、すぐに応募しました。勉強会に参加した時点では、まずは農場の近くに水辺のビオトープを作るつもりでした。水辺の生き物を観察できたら、来てくれた人も面白いんじゃないかと考えたのです。


 しかし、実際にプランを考え始めるとどこかワクワクせず、自分自身の心に火がつきませんでした。このままじゃ自分は本気になれないと思い、実は一度辞退を申し出ました。その時知り合いの何人かに相談したところ、「本当に自分がやりたいと思えるものがないのなら、その選択もありなのではないか。」と言われました。そこで、もう一度“本当に自分が実現したいことは何なのか”を考え直したのです。すると、「酪農をやっているからにはやはり牛に関わることをやりたい。僕らは今放牧を目指しているのだから、放牧に関わることと、今自分がやりたいと思っているクラファンを一緒に考えないとだめだ。」という当たり前のことにようやく気付きました。

 放牧酪農を実現させる上での課題は、夏の暑さです。牛は暑さに弱いため、放牧予定地には木を植えたいと以前から思っていました。クラファンの準備をきっかけに知り合った庭師さんと木について話す中で、今のプロジェクトの骨組みとなる内容がどんどん頭に浮かんできたのです。「牛のために木陰を作るだけじゃなく、実がなる木にすれば人も嬉しいね。大きくなったらその木で椅子を作ったら?」「椅子のために木を切るなら、木を植え続けよう!」といった感じです。以前から知り合いだった木工会社の社長さんに椅子の製造について相談したところ「木を育てるのに100年はかかるよ?」と言われましたが、「100年かけてやりたいんです!」と伝えたら、大笑いしながら「やろう!」と快く賛同してくださいました。


 実現できたら、牛だけでなく関わってくれる人にとっても大変良いものになると感じました。みんなに木を植えてもらい、みんなで育てていく場所を作ろうと考えたのです。「これはクラファン以外の方法はないじゃないか!」とその時思いました。それが、締切の5日前くらいのことです。県庁の方にも、「やっぱりやります。」と宣言しました。そこからは、カフェにこもって一日中コンセプトや応募資料を一人で作り込んでいきました。提出前日まで、信頼できる知り合い10人以上に読んでもらいながら、フィードバックをもらっては書き直し、調整し続けました。中でも、「文章を羅列するだけでなく写真をしっかり織り交ぜるべき。すると、気持ちを込めた文章がより伝わるのではないか。」というアドバイスがとても役立ちました。

 この数日間はとても大変だったけれど、楽しくて仕方ありませんでした。当初の案は応援してもらうのが申し訳ないほどのものでしたが、自分の本当にやりたいことが見つかった時、これは応援してくれた人も絶対喜ぶだろうなという気持ちに切り替わりました。


食と農を通して共感を生み出す
「サゴタニ牧農」の在り方



 おかげさまで、2021年12月から2022年1月末まで実施したクラファンでは、179人の方に支援していただき、目標の144%となる2,897,000円が集まりました。現在「牛の棲む森」は、木の生育を見守りつつ下草刈りなどをしながら整備しているところです。

 私たちの農場名にある「牧農」という言葉は、牛を飼うことを中心に、食と農全般に関わっていくことを意味する造語です。牛がいる環境で様々なことを実践し、「生きている実感を持てる場所」を共感してもらいながら作っていきたいという思いを込めています。

 2030年までに放牧に移行することを目指す中で、今回クラファンを通して、なぜ放牧なのか、なぜ食と農に関わりたいのか、という根本的なことから棚卸して整理することができました。みんなの力を借りて一つのものを形にすることと同じくらいに、自分がやることの意味を自分で再確認することができて本当によかったです。

 個人として、2021年に「ナフィールドジャパン」という世界の農業について学ぶための奨学金制度の日本代表スカラーに選出されました。実際に海外の現地を見たり、各国の代表とセッションしながら、経営に生かせることを学んでいます。私はたまたま酪農家の家に生まれ、この条件の中で生きていますが、どんな場所に住む人であっても、その土地や自分の条件を生かしてできることがあると信じています。これからも酪農をベースに、目指す世界を実現できるよう尽力していきます。